「ホラショパの戯言」

■今日は何の日
●ABCの日(日本ABC協会),●速記記念日(日本速記協会)

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■おんがく日めくり
チャイコフスキー自身の指揮により、『悲愴』初演(1893)
 悲痛な響きを漂わせながら、息絶えるように終わるチャイコフスキー(1840〜1893)の交響曲第6番。“悲愴”というタイトルは、初演を聴いた弟・モデストの発案で名付けられ、チャイコフスキー自身も気に入っていました。ところが、この初演からわずか9日後に、チャイコフスキーは生水を飲んでコレラにかかり、死んでしまいます(一説には自殺ではないかとも言われています)。まるで自らの死を予感したかのようなこの交響曲は、印象的なネーミングもあいまって、広く親しまれています。

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今日 10/28 が誕生日、没日の作曲家

 カンポ コンラード・デル 1878.10.28生
 ハンソン ハワード 1896.10.28生
 ブラヴェ ミシェル 1768.10.28没
 ベルティーニ アンリ=ジェローム 1798.10.28生
 ボアモルティエ ジョゼフ・ボダン・ド 1755.10.28没
 ホイベルガー リヒャルト 1914.10.28没
 モルラッキ フランチェスコ 1841.10.28没
 ランディ ステーファノ 1639.10.28没
 ロペス=チャバリ・イ・マルコ エドゥアルド 1970.10.28没

カンポ コンラード・デル (スペイン)作曲家 1878.10.28−1953.03.17
正確には「カンボ・イ・サバレータ コンラード・デル」。
マドリード音楽院で学ぶ。ヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者、指揮者となり、
マドリード交響楽団、フランセス四重奏団、マドリード五重奏団を創設した。
 マドリード王立音楽院で和声法、対位法、フーガ、作曲の教授をつとめながら
 多くの作曲活動を行う。作品はドイツ後期ロマン主義の流れ(主にR・シュト
 ラウスの影響)を含む。弦楽四重奏曲(全16曲)、他にオペラや交響詩も有り
  (by Shimoide)

ハンソン ハワード (米)作曲家 1896.10.28−1981.2.26
 7つのルターの学校、NY、イリノイのノースウェスタン大学で作曲学ぶ。 
 1816年卒業。カリフォルニアのサンホセのパシフィックカレッジで理論と作曲
 を教え、21年米アカデミー賞。ローマに3年留学。帰国後ロチェスターのイー
 ストマン音楽学校で教える。作風はロマン派風保守的立場をとる。゙はスウェ
 ーデン系で、北欧的抒情性豊かな作品多い。オペラ「楽しい山」、交響曲5曲
 オルガン、チェンバロ曲、合唱曲他。

<ブラヴェ ミシェル 1700.5.13− 1768.10.28 掲載なし>

ベルティーニ (仏)作曲家、ピアニスト 1798.10.28−1876.10.01
 父も兄も音楽家。早くから音楽教える。12才の時、父とオランダ、ベルギー、
 ドイツを演奏旅行。1821年パリ定住。ピアニスト、教師として活躍。1859年以
 引退。作品はピアノ曲、室内楽その他。現在では、初歩的なピアノ練習曲によ
 って知られているにすぎない。特に「25の練習曲」は世界的に広く使用され
 ている。著書「ピアノのための完全にして進歩的なメトード」
 バッハの「平均率」の4手編曲も行った。

ボアモルティエ ジョゼフ・ボダン・ド (仏)作曲家 1689.12.23−1755.10.28
フランス後期バロックの作曲家。1722年にパリに出て24年に初めて作品を出版
する。その後、47年までに102曲を出版、人気を得る。彼は「コンチェルト」と
いうイタリア語を使った最初のフランス人で、フランスで初めて独奏協奏曲を作
曲した。また新しい楽器の組み合わせを採用し、フルートを用いた作品が多い。
(by Shimoide)

「2つのフルートのための6つのソナタ」作品1
オペラ「ダフニスとクロエ」作品102

ホイベルガー リヒャルト(オーストリア)作曲家 1850.06.18−1914.10.28
 技師だったが,1876年音楽に専念することを決心。ウィーンで合唱長,合唱指
 揮者,81年から批評家。1896-1901ハンス・リックの後継者として、音楽誌を
 編集、ならびに寄稿。作品オペラ「オペラ舞踏会」。著書:シューベルトの伝
 記、ケルビーニの対位法の改訂新版。

モルラッキ フランチェスコ (伊)作曲家 1784.06.14−1841.10.28
 1805年、ナポレオンのイタリア国王戴冠のためカンタータを作曲。
 オペラ「ダナイディ」などの成功で短期間のうちにイタリア中に名声をはせる
 。1810年にドレスデンに招かれ、同地のイタリア歌劇場、宮廷で活躍。オペラ
 や教会音楽を多数作曲した。後年はドレスデンとイタリアを往復。彼のドレス
 デンでの活動はヴァーグナー登場の直前にあたり、ドイツにおけるイタリア・
 オペラが最後の輝きを見せた時期であった。(by Shimoide)

ランディ ステーファノ (伊)作曲家、歌手 1590頃−1639.10.28
 17世紀前半の重要な作曲家の一人。2人のナニーニの生徒。ローマ楽派の対位
 法の大家。カンタータの創始者の一人。ローマ初期のオペラ作曲家の一人。パ
 ドヴァ・コルナロの楽長。1620年ローマ・サンタマリア・ディ・モンティの楽
 長。29年教皇の聖歌隊のコントラルト歌手。
 4・5声マドリガル、6巻のアリア、4声の詩篇、ドラマ・ペルムジカ「Sant'
 Alessio」、パストラレ・オペラ「Lamonte d'Orteo」ほか。

ロペス=チャバリ・イ・マルコ エドゥアルド (西)作曲家
  本データベース 1871.1.29−1970.10.28  音友1875.1.30−1970
 生地バレンシア市で初等音楽教育受ける。バルセロナでペドレルに師事。作曲
 、音楽史学、批評、指揮、講演活動行う。バレンシアの音楽界に大きな地位。
 晩年は、スペイン楽壇の最長老。作曲家として国民楽派、後期ロマン派風の立
 場。「バレンシアーナス」、「「バレンシアの水彩画」等郷土的な管弦楽曲、
 協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲等。著書に「スペインポピュラー音楽」。

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、三宮直也さん ITで障害を持つ子どもの学習を支援
□3慇顕奮愍涕展最優秀作品  「風洞によるセミの飛行運動の解明」を紹介
■私立高教員37%が非正規 生徒減り経営難、人件費抑制
あディスレクシア スピルバーグ氏の「伝言」
ア9餾歟漏惴淮悄日本の高校生4人が金銀
Β【父の教え】タレント・清水良太郎さん 進む道、決めるのは視聴者
Б【中学受験 親子で学ぶ4教科】算数編 教科書で興味を広げる
│【from Editor】見て触れる理科教育
■私立側「抜本改革を」公立高入試の複合選抜制度
■鈴木大拙館が開館1周年…石川

、三宮直也さん ITで障害を持つ子どもの学習を支援
 「学ぶ楽しさに気付いてもらえたら、一歩目としては成功です」。知的障害や発達障害がある子どもの学習を助ける携帯情報端末向けのアプリを開発している。フリーのプログラマーだ。

 転機は2年前の秋。長男に続いて当時3歳の次男が自閉症の疑いがあると診断された。IT企業で深夜まで残業する日々。子育ては妻に任せきりで負い目を感じていた。そんな中、次男に携帯端末を持たせると、やり方を教えなくてもゲームで遊び始めた。「自分の技術がこの子たちの役に立つのでは」。15年続けた会社員生活をやめ、療育支援を仕事にしようと決めた。

 これまで発表したアプリは3種類。「子ども静かにタイマー」(170円)は、端末に内蔵されたマイクが拾う子どもの声が一定の音量を超えると、画面上で眠る「番犬」がほえる。子どもは遊びながら、静かにしていることを覚える。騒ぎがちな長男と楽しくトレーニングしたい。そんな思いがヒントになった。

 ダウンロード数は3種で計約3万件。特別支援学校などでも試験的に活用されるようになった。障害のない子どもの保護者や80代の女性ユーザーの声も届く。

 以前に比べ収入は安定しないが、家族で過ごす時間は増えた。「息子たちに使ってもらいながら改良していく。バグ(不具合)もよく見つけてくれ、開発の強みですね」【八田浩輔】

 【略歴】さんぐう・なおや。新潟県出身。東京都立大(現首都大学東京)大学院修了。都内の自閉症育児サークルで活動している。39歳。ブログはhttp://blog.keaton.com/

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□3慇顕奮愍涕展最優秀作品  「風洞によるセミの飛行運動の解明」を紹介
 「第56回日本学生科学賞県展」(読売新聞社主催、旭化成協賛)の審査で、応募52点の中から最優秀賞に選ばれた伊勢市立小俣(おばた)中2年、矢口太一君(13)の「風洞(ふうどう)によるセミの飛行運動の解明」を紹介する。

 矢口君は、小学校5年生からセミの研究を続けている。最初は、伊勢市の山の中で拾ったセミの抜け殻を数え、「夏のどの時期に抜け殻が多いのか」を調べることから始まった。

 オスよりもメスのほうが飛ぶのが上手、体重が重いセミほど飛ぶのが苦手――次々と疑問を解明し続けた。

 今回は、「セミはどのように羽を動かして飛ぶのか」という疑問を持って研究を始めた。

 研究には、人工的に風を起こす装置(風洞)が必要だが、高価すぎて買えない。そこで、扇風機やベニヤ板で、手作りの風洞を作った。

 セミが羽ばたく時に使うのは胸の2本の筋肉だけ。「この筋肉で複雑な動きはできない。飛行機や鳥のように羽を広げ風を受けて飛ぶのでは」と仮説を立てた。

 風を起こし、羽ばたくセミをカメラで撮影。セミはただ羽をまっすぐ伸ばし、上下にバタバタさせているのではなく、羽に角度を付けていた。ジェット機のように、自分の真後ろに風が流れるように羽を動かし、空に向かって上がる力と、前へ進む力を同時に発生させていることが分かった。仮説とはまったく違う結果に、驚きと感動を覚えた。

 研究の成果を、セミが器用に羽を使いこなす「決定的瞬間」の写真、グラフ、絵なども付けて模造紙14枚にまとめた。「最高賞は非常にうれしい。これからも研究を続けたい」と話している。

 応募作品は14日まで、松阪市立野町の「みえこどもの城」(0598・23・7735)1階イベントホールで一般公開されています。
(2012年10月13日 読売新聞)

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■私立高教員37%が非正規 生徒減り経営難、人件費抑制
 【小室浩幸】全国の私立高校で「非正規」の非常勤、常勤講師が増えている。2011年には合わせて約3万4千人に達し、全体の36.8%を占めたことが文部科学省の調査でわかった。背景には生徒数の減少による経営難がある。雇用が不安定な非正規教員の増加で、教育の質の低下を懸念する声もあがっている。

 文科省の調査によると、非正規教員の比率は、公立高(19.7%)より17ポイント以上高かった。01年と比べると、私立高の教員数は9万数千人でほとんど変化がないが、雇用期間に定めがない正規教員は、退職者補充などが抑制された結果、約4千人減少。逆に非正規教員は2800人増えて約9%の増加となった。

 少子化で、私立高の生徒数が激減している。日本私立中学高等学校連合会によると、10年間で生徒総数は15%減少。経営難の高校が増え、総経費の約7割を占める人件費が重荷になる一方、少人数の授業や習熟度別クラスなどに対応するために教員数は減らせない。

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あディスレクシア スピルバーグ氏の「伝言」
 「め」と「ぬ」の区別ができない、黒板の文字を書き写せない、行を飛ばして読んでしまう……。ほかの学力は普通なのに読み書きだけが苦手な子どもがいる。ディスレクシア、日本語では読字障害などという。先天的な脳の中枢神経に問題のある学習障害の一つだ。

 映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏がディスレクシアであることを明らかにした。「E・T・」「ジョーズ」「シンドラーのリスト」などの名作を生んできた天才監督である。読み書きが苦手で、中学生のころいじめにあい、卒業も2年遅れたという。診断されたのは5年前。今も台本を読むのに普通の人の2倍の時間がかかるという。

 英語圏での発生率は10%以上といい、俳優のトム・クルーズ、キアヌ・リーブス、オーランド・ブルーム各氏らも自らディスレクシアであることを公表している。学校や図書館での支援が充実している国もある。

 日本での発生率は5%前後ともいうが一般的には知られていない。東京都内に住む27歳の男性は子どものころから文字や数字だけがぼやけて見え、画数の多い漢字が書けなかった。原稿用紙のマスからはみ出し、表面につやのある再生紙だと光に目が奪われてさらに読めない。勉強はできたが、ノートが取れないため高校で行き詰まり、転校を繰り返した末に不登校になった。

 アルバイト先では作業手順書が読めず、客の注文を書き留められない。ふざけていると思われ「何やってんだ」と叱られてきた。21歳のころ学習障害を支援する団体と巡り合い、ようやく謎が解けたという。今では文字を拡大するパソコンソフトを使って読み書きを補い、同じ障害の子の学習支援や啓発活動を行っている。「なぜ自分だけ読み書きが苦手なのかわからず、不安と孤独に苦しんでいる子は多いはず」という。

 何を病気や障害とするのかは、社会の価値観や医療・生活関連技術の進歩とも深い関係がある。現在、アメリカ精神医学会のDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)の改定作業が進められているが、過去には「同性愛」が疾病とされており、現在は「喫煙」が疾病リストに掲載されている。また、持って生まれた特性や努力だけでなく、周囲の理解や環境も人生を大きく左右する。

 スピルバーグ氏は家族の惜しみない愛情と10代後半から取り組んだ映画製作によって、いじめや学業不振をはね返せたという。同じ障害を持つ若者へのメッセージをこう述べる。「学習障害は思っているより一般的なことだ。君は一人じゃない。これからの人生がそのために不利になるわけではない」

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ア9餾歟漏惴淮悄日本の高校生4人が金銀
 世界17カ国・地域の高校生が参加してアルゼンチンで開かれた第6回国際地学オリンピックで13日、中里徳彦さん(神奈川・横浜サイエンスフロンティア高3年)が金メダルを獲得した。島本賢登さん(広島・広島学院高3年)と松尾健司さん(兵庫・灘高3年)、丸山純平さん(神奈川・聖光学院高3年)は銀メダルで、参加した4人全員がメダルをとった。

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Β【父の教え】タレント・清水良太郎さん 進む道、決めるのは視聴者
 「ものまね四天王」の一人として君臨してきたタレント、清水アキラさん(58)の三男で、同じくタレントの良太郎さん(24)。昨年、テレビ番組で尾崎豊さんや福山雅治さんのものまねを披露した。どちらかといえば歌唱力で勝負するものまねで、笑いの要素が強いアキラさんとはタイプは異なる。しかし、ものまねをする良太郎さんの姿にアキラさんの「後継者」としての一面を見た人も多い。そんな良太郎さんは子供の頃、「ものまねだけは絶対やらない」と思っていたという。

 「父と同じことをしても父を超えられないと思っていた。でも、プロデューサーに言われてやってみたら、できちゃった。父は『今の芸能界は何でもできなきゃだめだ』と言う一方で、『何でもできることが全部中途半端じゃ(芸能界から)消えるぞ』とも。今は、とにかくいただける仕事を一生懸命やるだけ」

 アキラさんは厳しい父親だった。特に時間や約束を守ることにはうるさく、良太郎さんが守らないときには手を上げることもあった。スキーの得意なアキラさんは嫌がる良太郎さんをロープでつなぎ、無理やり滑らせた。

 「子供の頃は本当にスキーが嫌だった。でも、ロープにつながれたのは子供の僕が木とかに突っ込まないためで、ああやって特訓されなかったら今も滑れないままだったと思う」

 今夏、アキラさんと神奈川県・箱根に泊まり込み、1カ月間で68回のステージをこなした。ものまねをメーンにした爆笑ライブ。良太郎さんは、アキラさんから笑いの間の取り方やしゃべりのものまねのコツなどをたたき込まれた。

 ただ、アキラさんの本業ともいえる「歌のものまね」については教えてもらっていない。アキラさん自身、他人に指図されるのが嫌いで、性格的によく似ている良太郎さんが嫌がることを知っているためだ。

 良太郎さんは今、テレビのバラエティー番組や舞台・ミュージカルに出演。ホテルのディナーショーやスーパーの屋上でのイベントなども精力的にこなしている。将来は、ものまねタレントではなく歌手として武道館に立つのが夢だ。目指すのは、歌も俳優もバラエティーもスポーツも完璧にこなすマルチな芸能人。ただ、アキラさんからは「何をやるのか決めるのはおまえじゃない。視聴者だ」と言われている。

 アキラさんは、本当は堺正章さんのような歌手になりたかった。しかし、ものまねをしたらみんなにものまねを求められ、それをやってきたことで今の自分があるという。

 「父は顔にセロハンテープを貼って、ものまねをする人に似せるという芸を発見しましたよね。僕もまだ誰もやっていないことを発見して、自分のスタイルを確立したい。そのために、今はいろんなことにチャレンジして自分の進む道を探しているところです」(平沢裕子)

                   ◇

 ≪メッセージ≫

 ものまねを引退すると言ってますが、セロハンテープ芸はまだできるんじゃないですか? 無理はしてほしくないけど、まだまだやってほしいです。

                   ◇

【プロフィル】清水アキラ

 しみず・あきら 昭和29年、長野県生まれ。大学在学中、テレビ番組の出演を機に芸能界デビュー。コメディアン・バンド「ザ・ハンダース」を経て、62年、フジテレビものまね王座決定戦でチャンピオンに。今年7月、60歳を迎える再来年をめどに、ものまねからの引退を発表した。

                   ◇

【プロフィル】清水良太郎

 しみず・りょうたろう 昭和63年、東京都生まれ。高校在学中、NHK大河ドラマ「功名が辻」で芸能界デビュー。ドラマのほか、ミュージカルや舞台でも活躍。CD「歌がうまい王座決定戦コンピレーション〜歌うま七人衆」が発売中。

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Б【中学受験 親子で学ぶ4教科】算数編 教科書で興味を広げる
 3日付の本欄で、数の世界において、教科書に出てくる事柄を使って、算数に対する興味を広げ、中学受験の入試問題に対する基礎力を付ける例を紹介しました。今回は図形編ということで、「しきつめ問題」を取り上げます。図形をしきつめるのは、身の周りにあるタイル張りの壁や床を思いだしてもらえれば、イメージがわきやすいかと思います。

 三角形、四角形、六角形がどのような場合でも、しきつめられることが分かるのは、「意外性」「図形的な美しさ」の体験であり、「図形に関する性質」「身近なものへの応用」の発見であり、その教育的効果の高い学習内容といえます。

 しかし、次に紹介する問題において、イは選べても、エを選ぶ生徒の正答率は半分くらいに落ちるのが現状といえます(答え イ、エ)。

 入試問題にも、いろいろな形で出題がなされます。時間が許す限り、考えてみましょう。小6のみなさんは5分から7分が限度です。

 最後に、三角形のしきつめは、三角形の内角の和が180度になること、四角形のしきつめは四角形の内角の和が360度になることを視覚的に確認することにもつながります。自分の手で「しきつめ体験」をして、図形の感覚をより研ぎ澄ますことで、基礎力の充実を図りましょう。(市進学院小学部担当室 児玉修昌)

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│【from Editor】見て触れる理科教育
 子供たちの「理科離れ」が指摘されるようになって久しい。解決策はないのだろうか。9月中旬に千葉県八千代市で行われた「科学作品展」でそのヒントを垣間見た気がした。それは「触れる」ということである。

 作品展は、市内の小学生と中学生が取り組んだ科学作品や科学論文の成果を紹介するもの。展示ブースには学生ボランティアが子供たちに作品を解説していた。「磁石がスイッチの役割になるんだ。もう一度動かしてごらん」。男の子がスタッフから仕組みについて説明を受けると、熱心に磁石を動かしながら、興味深そうに作品をのぞき込んでいた。

 実はこの作品展、一昨年までは「作品に触れないで」という張り紙があった。来場者は受賞者とその関係者ぐらいで、会場には閑古鳥が鳴いていた。「触れられる作品展」に衣替えした昨年から来場者数は増加し、今年は約1800人が訪れたという。見るだけでなく触れるという行為が子供たちの作品への興味を喚起したのだろう。

 文部科学省が8月に公表した小学6年と中学3年の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)では「理科が好き」と答えた小6が82%、中3が62%だった。この調査からは、学年が進むにつれて理科好きが減っている現状が浮かび上がる。中学生になると授業内容の理解度が低くなる傾向にあり、観察や実験の結果を分析して考察し、説明する力が不足しているのだそうだ。

 「本当は理科が好き」なのに学力向上につながらない現実を、教育現場はどう受け止めているのだろうか。「日常業務に追われ、実験準備にかける時間がない」「予算面から実験回数を増やせない」といった声もあると聞く。それが理由だとすれば、学力を伸ばせる機会を、学校側が奪ってしまっているといえまいか。

 木彫りなどに直に触れる展示コーナーがある国立民族学博物館(大阪)、東京湾の岩礁を再現し生き物と触れあう場を提供している八景島シーパラダイス(横浜)など学校外では「触れる」を実践する場が増えているが、学校はまだ不十分な気がしてならない。

 折しも、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発した京都大の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞した。山中教授に続く研究者を育てるためにも、理科教育の充実に一段と取り組む必要がある。結果的にそれが日本の活力を生み出す原動力になると思う。(地方部次長 森口忠)

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■私立側「抜本改革を」公立高入試の複合選抜制度
 公立高校を二校受験できる複合選抜制度の見直しで、県教委が設けた「県公立高校入学者選抜制度の改善に関する検討会議」の二回目の会合が十九日、名古屋市東区の県白壁庁舎であった。私立高校側が「現行制度を是として議論を進めることは受け入れがたい」と抜本改革に踏み込むよう求めたが、大勢は複合選抜制度の維持を支持した。

 東邦学園(名古屋市)の榊直樹理事長は「公立が不合格になったら精神的にダメージを受けるから二校受験というのは、私立に対して失礼な話」と指摘。「私立の受け皿もあると考えてもらえばいい。今は公立高校に落ちたら地獄だと言わんばかりだ」と主張した。

 現行制度は尾張、三河の二学区制。学区内であらかじめ決められた二つの学校群から一つを選び、第一志望と第二志望の高校を決めて二回、受験する。

 公立学校長や大学教授など他の出席者からは「入試を二回やる手間がかかるが、二校受けられる安心感がある」「一回の入試では、当日にインフルエンザなどで体調を崩す生徒もいるので、すばらしい仕組みだ」として現行制度を評価する声が相次いだ。

 学区制も「序列化や競争を緩和するという意味がある」と維持を求める発言があった。

 今後は、複合選抜制度を基本に、推薦入試の在り方や学力試験と内申点の比率などを議論し、年明けにも改善策をまとめる方向となった。榊理事長は「公立関係者が多いこの場だけで高校入試を検討するのは、公私協調の理念を揺さぶる」と発言。会議の在り方に疑問を呈し、改善策を取りまとめようとしていることにも反発した。

 座長の中野靖彦愛知淑徳大教授は「意見をいただいたということで議論を進めたい」と提案し、検討会議を予定通り続けることになった。

 (後藤孝好)

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■鈴木大拙館が開館1周年…石川
 金沢市出身の仏教哲学者・鈴木大拙(1870〜1966年)が残した功績や教えを伝えようと、同市が開館した鈴木大拙館(本多町)が18日、開館1周年を迎えた。

 大拙は米国の大学で教べんを執ったこともあり、海外での認知度も高い。大拙の思想に触れるため、国内外から多くの人たちが訪れている。

 同館の猪谷聡学芸員によると、「禅を広めた大拙について知りたい」という要望が金沢市には以前から多く寄せられていた。

 同館には大拙の写真や書籍のほか、大拙や禅に関する書籍が展示されている。また、「水鏡の庭」ではゆっくりと思索にふけることもできる。

 猪谷氏は「大拙は『禅』のイメージがとても強いが、実は浄土真宗など広く仏教に関わっていた。また、実業家とも交流があった。来館者にはこうした大拙の意外な一面を知ってもらえる」と話す。

 18日現在で来館者は3万5000人を超え、市の予想を大きく上回っているという。
エピソード紹介

 同館の開館1周年を記念し、大拙に造詣が深い作家や学者らが18日、金沢市下本多町の金沢歌劇座で講演した。

 京都大名誉教授の上田閑照(しずてる)さんは、大拙が生前、とっさに発した一言が多くの人に影響を及ぼしたことに言及。米国で教べんを執った大拙に対し、教え子が「アメリカ人に禅の話をしてわかるのでしょうか」と問いかけた際、大拙が「君たちにはわかるのか」と返し、「大切なのは、自分を省み、自らの心を知ることだ」と説いたと紹介した。

 東京大大学院教授の姜尚中(カンサンジュン)さんや、作家で住職の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんも講演。その後、大拙の秘書を務めた鈴木大拙館名誉館長の岡村美穂子さんも登壇し、パネルディスカッションが行われた。
(2012年10月20日 読売新聞)

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